中国 杭州 訪問 ①
お盆休みに中国杭州を訪れました。私と家内、当院非常勤の浜田佳孝先生(現在、月曜日の午後から手術と診察をお願いしています)の3人での訪問です。私自身は3度目の訪問で、今回の目的は昨年夏に雲南省昆明の学会に招待講演で出張した際にお会いしたwang Xin先生の寧波市第六病院の訪問です。
8月11日金曜日、関空からのANAの直行便は予定通り15時過ぎに杭州の空港に到着しました。謝先生が空港まで迎えに来て下さいました。謝先生について紹介しますと、5年前に私の開発した指の人工関節を使用したいとの申し出があり、八王子の高月整形外科病院と東京手の外科新橋クリニックの両方で人工指関節の手術見学をしていただきました。当時東京手の外科研究所は、インドネシアのHerumina病院グループからの研修生を受け入れる制度が確立していたので、謝先生も同様に杭州からも研修生を受け入れてほしいと申し出があり、故山口利人理事長を紹介しました。山口先生が先に一度訪中し、研修制度の話を進め、人工指関節の現地での使用許可も順調に進行しました。2013年4月に2人で訪問し、講演とライブサージャリ-を行いました。人工指関節トレーニングセンターとリウマチ手外科センターが設立され、山口先生と私に浙江省人民病院の名誉教授の称号を頂きました。
さて、空港から1時間足らずで市内のホテルに到着し、少し休憩した後にホテルで会食がありました。
夕食会にはDr. 柴益民 /Chai YI-Min教授(中国マイクロ学会会長で国際的にも有名な先生です)がわざわざ、上海から新幹線で1時間かけて来て下さいました。上海第六病院の手外科の主任でもあり、手術件数は寧波第六病院より多く、何と年間20000例とのことでした。指の再接着件数年間1000例は、世界1の手術件数でしょう。謝先生の現在の肩書は浙江省人民病院の手外科・再建外科の教授です。浙江省人民病院の国際部の副主任で老年内科のFu-Ken先生は20年前頃に大阪大学大学院に留学されていたので流暢な日本語で通訳を引き受けて下さいました。また、病棟の婦長さんも静岡に留学経験があり、日本語が話せるので同席されました。Chai YI-Min教授は、中国からは年2回しか海外出張が認められないので機会を見つけて日本を訪問したいと申し出があり、人工指関節を上海でも採用したいと現地の業者も同席していました。
アルコール分の少ない飲みやすいビールと超強いお酒と杭州の伝統中華をいただき、早めにお開きとなりました。
翌日土曜日は、浜田先生と私は謝先生も同行し8時にホテルを出て車で高速道路を約2時間走り寧波に到着しました。上海とほぼ同じ距離の海岸よりの工業都市です。家内は婦長さんと日本語専攻の女学生と杭州観光へFu-Ken先生も昼食から合流し、日本語で歓待してもらえたようです。
少し遅れて10時過ぎにNingbo第6病院に到着、私服の若い医師が駐車場まで迎えに来ていました。先週は40度あったとのことでしたが、それでも当日は35度で気温は日本と同じくらいでとても暑かったです。大急ぎで院内に、そしてエレベータに乗り、40名近くの医師たちが待っていた会議室に案内されました、予定表では、院内見学と症例検討とあったのですが? 会議室の液晶テレビには Welcome
Dr.Minamikawa、Dr.Hamada とあり、予定にはなかった講演会の準備がされていました。
浜田先生は、自己紹介も兼ねた簡単なプレゼンを準備していたので、先に始めてもらうことにして、その間に、私は別のPCを準備してもらい、持ってきたハードディスクから、講演内容をゆっくりと選ぶことができたので、リウマチのPIP関節の治療と人工指関節の準備をしました。Wang 先生はじめ、英語がスムーズに通じていたのに驚きました。
PCの接続の関係で、座って講演できたのと、話し始めると、若い女医さんが中国語に通訳を始めるので、ゆっくりとしたペースで講演ができました。途中、若手医師に意見を求めることもでき、これまでにない有意義なプレゼンができたと思います。後でわかったことですが、この日の病院は休診にも関わらず、40名近くの手外科医師のほとんどが集まってくれていました。40-50分で講演を切り上げたあと、Wang 先生の上司?の先生から浜田先生と私にCertificationのプレートをいただきました。
講演のあと、一部のスタッフと病棟の見学となりました。通訳を担当していた女性と、私の講演中に英語に即座に反応していた女医さんに“How come you speak such a good English?”(どうして、そんなに英語が上手なのと聞いてみました。Wang 先生に引き継いて米国ケンタッキー州ルイビルのハンドセンターに2年留学していたとのことでした。ルイビルのハンドセンターは、屈筋腱の手術で有名なクライナートやツミンツアイ先生をはじめとするマイクロサージャリ-センターとして、外傷病院としては全米1の規模を誇り、日本からもたくさんフェローが行っています。早めの昼食会となり、年間12000例の手術を行う外来や手術室の実際を見学できなかったのが残念でした。6フロアーごとに責任者がいて、前日は45件の手術があったとのことでした。
昼食会で、英語の話せるきれいな女医さんに新しい中国を感じ、お酒が入ると一番上の先生がたばこを吸い始めて、両隣に煙草を勧めた後は、テーブルの上を煙草を放り投げて向かい側の男性の先生が受け取りほぼ全で男性が喫煙を始めました。まだ食事の途中ですよ、文化の違いも痛感しました。
昼食後、車で杭州に戻り謝先生の個人経営の老人病院に案内していただきました。玄関には英語での歓迎の横断幕がかかり、沢山のスタッフの出迎えがありました。8階建の古いホテルを改装したらしく外観はあまりきれいではなかったのですが500人収容の規模と日本の老人病院を超えた設備の充実に驚き、更には、隣の20階建てのホテルを買収済みで、近く改装に着手するとのことで、謝先生の剛腕ぶりに完全脱帽でした。
第1回 Namba Hand Center 手の外科セミナーの報告 4
レクチャー後に着替えて現れた執刀医の浜田先生を紹介。
東京手の外科新橋クリニック時代のOTが東京から参加、右橋は松原メイフラワー病院時代のOT、さらに歴代関西医大のOTも駆けつけてくれました。奥で片付け仕手いる2人が当院のセラピストです。
レクチャー後、症例検討会へ。
リハ室奥のOTエリアに軽食と飲み物の準備が整い、案内中。
正富、秋田医師、他阪大グループと奈良医大の小畠医師。
症例検討会直前 軽食ドリンクコーナー。
テーブルの上は赤ワインとローストビーフ?
アルコールも入り、埼玉の症例、秋田先生の症例と熱のこもった討論ができました。
第1回 Namba Hand Center 手の外科セミナーの報告 3
埼玉から来られて来週手術予定の症例提示をいただいた寺山先生と、専任セラピスト。
左端正富医師、右端小畠医師はリウマチ手の外科研究会の世話人として協力いただきました。
中央の2人は長浜市民病院から参加いただきました。
右端、秋田医師はリウマチ手の外科研究会の世話人、阪大手の外科グループとの歓談?
右、森友先生は土曜日に当院で診療担当していただいています。同門の辺見先生と。
駆け込み登録の阪奈中央病院の先生、奈良の後輩の手外科医と。
リハビリ室でのミニレクチャー、壁のスクリーンとベッドの椅子も十分機能している様子です。
後ろの方は声が聞こえなかったとか?次回からマイク準備します。
前日にアマゾンから届いた折りたたみテーブルは、症例検討会が始まると軽食と飲み物のために準備しました。
第1回 Namba Hand Center 手の外科セミナーの報告 2
PIP関節OAに施行したSLFJによる人工指関節の術後拘縮に対する関節授動術
日時:平成29年6月17日 土曜日 15:00~
会場:南川整形外科・Namba Hand Center
主催:南川整形外科・Namba Hand Center
共催:リウマチ手の外科研究会
テーマ:PIP 人工指関節手術の実際
■ライブサージャリー
司会進行 手術室:秋田鐘弼(大阪南医療センター)
ライブラリー:正富 隆 (行岡病院)
■執刀医・手術助手
北須磨病院 整形外科 浜田佳孝
Namba Hand Center 南川義隆
関西医大 整形外科 外山雄康
スタッフが作成してくれたウエルカムボード。
3年経過し、ようやく活躍した高性能ビデオカメラシステム
第1手術室の様子。
術者助手計3人の医師、看護師、ビデオカメラの調節スタッフ、大会場との交信対応の手術室側の秋田医師
左奥に術野のビデオモニター。
その後ろが第1会場からのビデオ映像。双方からのビデオ回線により手術の解説、質疑応答が可能であった。
ライブラリーの第1会場、ビデオカメラを通じて手術室と交信可能
正富先生を通して手術内容の細かい質疑応答も行われた。
スタッフラウンジの第2会場。
第3手術室にもモニターを増設した第3会場。
ライブサージャリ―後のコーヒーブレイク、クリニックの待合室。
奥のリハビリ室では、レクチャー会場の準備、受付では患者の会計行われていました。
手前の3人はハンドセラピストです。
第1回 Namba Hand Center 手の外科セミナーの報告 1
第1回 Namba Hand Center 手の外科セミナーの報告 1 はこちら
第1回 Namba Hand Center 手の外科セミナーの報告 2 はこちら
第1回 Namba Hand Center 手の外科セミナーのお知らせ
人工指関節置換術後の拘縮に対して、関節授動術の患者様のライブサージャリーとPIP人工指関節の概要、症例検討を予定しています。
患者様の承諾は得ていますが、個人情報の問題などもあり、参加は医師、セラピストに限定さ出ていただきます。
初めての試みですので、20名程度の参加に限定させていただきたいと思います。
事前登録をクリニックHPの問い合わせメールにお願いします。
氏名、医師、セラピスト所属、メールでの連絡先。 申し込み受付後メールで詳細をお知らせします。
南川整形外科・Namba Hand Center 南川義隆
平成29年1月から診察時間が変更になります
平成29年1月5日より診察時間が変更となります。
水曜日 休診
土曜日 午前診 9:30~13:00 (受付終了時間 12:45)
午後診 14:00~17:00 (受付終了時間 16:30)
南川整形外科 院長
リハビリテーション講習会
当院で開催中のリハビリテーション講習会
南川整形外科では、理学療法士、作業療法士、スポーツトレーナーや柔道整復師などのリハビリテーションに実際に携わっている人達を対象として、月1~2回水曜日の午後に講習会が行われています。 JARTAというスポーツトレーナーを育成する大きな組織があり、JARTAの主要メンバーでもある赤山理学療法士が香川県から毎週当院まで出張勤務し、治療とスタッフの指導に当たっています。最近の講習会の写真と内容をレポートします。
当院での勉強会は、10人程度の少人数に限定し、各自が困った症例を持ち寄り、その症例に対してして問題点などを検討する症例検討会方式です。症例ごとに具体的な対応とセラピーの実際を赤山先生が実演指導してくださいます。その後、参加者がペアーを組んでその場で手技の確認ができるので、とても有意義な時間です。毎回新しい施設からの参加者もあり、他施設のセラピストとのコミュニケーションが密にできるのも、少人数の勉強会の特典です。
今後定期的にリハビリテーション科の様子をレポートしたいと思います。
“またよろしくお願いします。”(笑い:私の口癖です)
海外からのクリニック訪問2:Kevin Chung
海外からのクリニック訪問2:Kevin Chung from the USA、英文著書のお知らせも兼ねて:
1年以上経ってしまい、Dr. Gong と順序が逆になってしまいました。米国からKevin Chung先生がクリニックを訪問されました。昨年6月、奈良で開催された骨折治療学会の招待講演で来日したので、時間を作ってクリニックを訪問して下さいました。 現在アメリカ、ミシガン大学の形成外科の教授で、日本からの留学生も受け入れていて、世界中から引っ張りだこの人気者です。クリニック受付での記念撮影と彼の数あるテキストの中でも好評な手術書のチャプターを執筆したので記念にサインをもらいました。
Kevin との出会いは、2002年アメリカPhoenixでの57th annual meeting American Society for Surgery of the Handで私の発表の後が彼の順番でした。2年後に大阪で予定していた第5回アジア太平洋手の外科学会に“アジア出身で成功した米国手の外科医”というシンポジウムを計画しているのでとの相談を持ち掛けたのが始まりでした。その会議は私がSecretary Generalとして運営の中心となっていたのですが、当時アジアで流行ったSARSの影響で学会を1年延期することとになり、Kevin Chungは学会で招待する前にBunnel travelling として来日しました。当時日手会の国際委員会の委員長を拝命していたので、大阪では阪大と政田先生が部長をしていた労災病院を訪問してもらい、私の勤務していた松原メイフラワー病院にも案内しました。彼は、その時のことをカラー写真でJHSに投稿されました。2005年のAPFSSHに来日した時もまだほぼ無名の(少なくても日本では)時代でしたが、その後の10年間にアメリカで最も成功を収めた手外科医であることは間違いありません。
上記Travelling Fellowの報告にあるように、Kevinはリウマチの手外科に早くから興味をもち、米国でもリウマチの手の病変に関しての大きなグラント(研究費)を獲得しています。2011年ソウルで開催差された国際手の外科学会から、私がリウマチ委員会の委員長に選出されたので、これまで長い間、名前だけ連ねた大御所にはすべて退いていただき、スイスのDaniel Heren, 米国のKevin Chung、アルゼンチンのAlfred Orazabalと4人だけの小さな委員会を立ち上げました。翌年、2012年にはメンバー全員がアルゼンチン手外科学科に招待されました。毎年のように国際学会で一緒になりました。
昆明の学会に参加して
中国昆明の学会に参加して
お盆休み明けの木曜日夕方の便が上海経由で昆明の空港に着いたのは、遅延も含め午前3時過ぎ、杭州の手外科教授の謝先生が空港で出迎えて下さいました。英語ではリハビリ学会とありましたが、中国全土から集まった整形、形成外科の再建術の学会のようでした。人工股関節や膝関節の展示もあり、私は金曜日の夕方4時頃に大会場で15分の講演と翌日に、小会場で小関節グループ対象に20分の講演と予定していた30分の講演内容から、短縮して話すように当日の朝に知らされました。小関節グループの会長という女医さんのDr.Lu(天津の手外科の教授で北京を含んだ地域のトップらしく)は、オーストラリアに留学経験があるので結構英語が通じたので、大会場では人工指関節の概念と発達、症例提示でインパクトのある話とし、土曜日は手外科の先生たちが対象なのでPIPの人工関節に絞りもう少し踏み込んだ話を準備することを伝え、寝不足のなか準備に取り掛かりました。金曜午後3過ぎに謝教授と会場に向かいました。1000人以上入る大会場は、確かに大きくスライドの映写システムも立派でした。正面の学会のスライドの色使いは赤を基調とした中国らしいものでした。興味深かったのは, 演者が呼ばれて、壇上に上がるときに,“じゃじゃーん“と大音響音楽が流れることでした。また、最前列にはVIP席が指定席となっていて、中国茶のサービスがありました。25年前と2回の杭州での講演で判ったことは、ごく一部の先生以外はほとんど英語が理解できないということです。大会場でも私の講演のあと天津の女医さんがどのような内容だったかを中国語で説明していました。
会場前にて招待してくれた謝教授と1000人以上収容できる大会場、いかにも中国らしい色使いでした。
壇上に座って講演しました。 大きな会場なので左右に同じスライドが写し出されます。
(上)大会場の座席最前列のVIP席手前が天津のDr. Lu
(下)私のVIP席にセットされていたモノ
金曜日の夜は、手の外科グループの晩餐会があり、40~50人の中国全土の手外科の先生が集まっていました。私の円卓には長老(多分私より少しだけ年配?)が来られ、次々と先生たちが乾杯に来られていました。残念なことにやはり英語の壁があり、私にはなしかけてくれたのは、香港からゲスト参加の先生と上海近郊のNinbo第6医院という巨大病院の手の外科チーフのDr. Wangの2人だけでした。Dr. Wangは米国留学経験もあり、流暢な英語で私の人工指関節を1日でも早く使いたいと申し出がありました。彼の病院は手外科のスタッフ医師が30人、レジデントなどを含め50人の医師で500ベッド年間手術件数が12000件ということでした。中国1の手の外科センターとは聞いていましたが信じられない規模です。上海を含めて医療圏内に1億人以上の人口だそうなので、当然かもしれません。一度は訪れてみたい施設です。9時過ぎにはお開きとなり、部屋に帰り土曜日の講演の準備にかかりました。
乾杯中のDr. Luと隣の長老たち 土曜日早朝のDr.Luの講演のPyro carbonや人工手関節のスライド
土曜日は8時からの講演でしたが、会場の案内が間違っていて、先にDr. Luが話しており3番目の講演としてPIPの人工指関節を主として“It is your time to start rheumatoid hand reconstruction”の演題名で話しました。症例とvideoなど視覚に訴える内容にしたので、結構真剣に聞いてもらえたように思います。謝教授が杭州で行った人工指関節の発表もあり、そのsessionの終了後に私と手外科の長老がSenior consultingsurgeonとしての認定書の授与式があり記念撮影を撮りました。
現地実質1.5泊の忙しい訪問でしたが、充実した時間を過ごしました。帰国後すぐにDr.Luより天津でのワークショップとライブサージャリーの依頼が届きました。
小会場での人工指関節の講演 手外科グループの聴衆、前列中央に謝教授と長老
小関節グループの名誉顧問の認定書の授与式 重鎮たちとの記念撮影